医療費(治療費)不払いと診療拒否

医療費未払い(不払い)問題を抱えている病院・クリニックは少なくないと思われます。
理由はさまざまですが、支払う意思があるかないかで大きく分かれます。

1.本人(あるいは親族等)に全く支払う意思がない
2.支払えない何らかの事情がある(支払いたくても支払えない)

どちらの理由によるかで、対応は大きく変わってくることでしょう。

 
一般の商取引であれば、報酬や代金を支払わなければ、販売やサービスの提供を取りやめるということは一般的であって、通常は販売やサービスの提供をストップしたところで特段の問題もありません。
しかし、医療という命に直結したサービスについては、その性質上、一般の商取引と同じように考えることができません。

 
まず、再三の催告にも関わらず、任意に支払ってもらえない場合や、全く支払う意思がない場合は、診療を拒否してもやむを得ないでしょう。

ただ、患者の状態を最も優先して考える必要があります。

例えば、患者の疾病が重篤な場合や緊急を要するような場合など、上記を理由とした診療の拒否は医師法に抵触するおそれが極めて高いと考えられます。

 

医師には医師法上の義務がある

医師には、医師法第19条1項(※1)で、診療に応じる義務(拒んではならない)が規程されています。

この医師法19条1項と医療費未払いによる診療拒否との関係が問題になります。

 
医療費未払いは、医師法第19条1項の例外である「正当な事由」に該当するでしょうか?

この答えは、「各都道府県知事あて厚生省医務局長通知 昭和24年9月10日 病院診療所の診療に関する件」に一例として記載されています。

(一部抜粋ここから))
二 診療に従事する医師又は歯科医師は医師法第一九条及び歯科医師法第一九条に規定してあるように、正当な事由がなければ患者からの診療のもとめを拒んではならない。而して何が正当な事由であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきであるが、今ここに一、二例をあげてみると、

(一) 医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。

(ここまで)

 

厚労省通知によれば

上記のとおり、医療費不払いは診療を拒む理由にならないと明記されています。

医師、あるいは医療機関にとっては大変悩ましい問題です。

 
実際に不払いが生じたとき、どのような方法があるでしょうか。

保険診療であれば、健康保険法第74条(※2)や国民健康保険法第42条に規程があります。

医療費の不払いが生じたときの救済処置として規程された条項ですが、この規定がどの程度機能しているのでしょうか。

「平成20年 医療機関の未収金問題に関する検討会 厚生労働省国民健康保険課」の資料によりますと、
平成18年度中に保険者徴収実施件数は
請求件数159
実施件数86(文書77 電話3 訪問6 督促状2 財産調査1)※複数回答あり
回収金額334千円

私の印象としましては、あまり機能しているとは感じられません。

 

保険者徴収を実施しなかった理由

保険者徴収を実施しなかった理由の3分の2は、医療機関の回収努力不足でした。その他は次のとおりです。
1.医療機関が善管注意義務を果たしていないため回収努力が不十分
2.事務負担増大を懸念
3.回収するだけの資力がない
4.時効成立
5.所在不明
6.健康保険料(あるいは税)を滞納しており、そちらを優先

一番多い理由にあるとおり、健康保険法第74条には「善管注意義務」が明記されています。医療機関は善良なる管理者と同一の注意をもって回収の努力をしなければならず、それでもなお、回収が不能である場合にのみ、保険者徴収の申請が出来るということになっております。
いわば、最後の手段というわけです。

そのため、保険者徴収の申請を受理する以前に、相当数、この回収努力不足を理由に門前払いを受けたことがうかがえる記載も資料にあります。

 

結論

不払いを理由とした診療拒否は、行政上の指導や何らかの処分、民事上の賠償責任などのリスクが生じます。
医療費の回収には多大な労力が必要となり、救済制度も機能しているとまでは言えません。
未収になる前の予防対策がかなり重要になると考えられます。

 

(※1)
医師法第19条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
(一般的に「応招義務」と言われています)
 

(※2)
健康保険法第74条2項  保険医療機関又は保険薬局は、前項の一部負担金(中略)の支払を受けるべきものとし、保険医療機関又は保険薬局が善良な管理者と同一の注意をもってその支払を受けることに努めたにもかかわらず、なお療養の給付を受けた者が当該一部負担金の全部又は一部を支払わないときは、保険者は、当該保険医療機関又は保険薬局の請求に基づき、この法律の規定による徴収金の例によりこれを処分することができる。
(一般的に「保険者徴収」と言われています)